毒の処刑と荊の日々
毒と皮肉がなければ生きていけないダンスパフォーマーです。音楽好きです。スポーツは嫌いですがフィットネスは好きです。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
ダミノジド偽史
自画像写真展「退廃式手鏡」にご来場くださりありがとうございました。
今回はてんやわんやでクソミソな展示だったかもしれませんが
また二段、三弾と企画していく気満々です。これからもお付き合いただければ嬉しいです。
写真展に添えられたチェリー木下氏のイメージ・テキストを掲載します。わたくしのプロファイルです。
何度も死んでます(笑)
生きるってクソミソだけれど楽しいと思えるようになってきました。


フレディ・ダミノジド偽史  テキスト by 高級チェリー木下

●1870年11月16日ハンガリーの首都プダペストに生まれる。
当時のハンガリーは、自治権を得ながらいまだハプスグルグ家の支配下にあるという複雑な状況にあった。さらに産業革命の波による急速な近代化により、
プダペストは繁栄と低迷をきわめた。
満ち欠けする大きな月に似た都市であったと彼女は言う。
地元貴族の末娘として生まれた彼女はわずか10歳にて死を迎える。

●すべては彼女の口述である。
そもそも彼女という表現がふさわしいのか、それすら疑わしい人間なのだから。

●1920年代、上海のキャバレエにて二度目の死を迎える。詳細不明。
フレディという英語名はこの時代より名乗り始めたものと推測される。

●死は熱い氷のよう、と彼女、もしくは彼は言う。眠りは死、目覚めれば次は来世。
過去から未来へ生まれる来世のあれば、過去へと昇る来世もある、と、彼女、もしくは彼は言う。

●1770年、最後のアンシャン・レジームのフランスはパリ郊外の貴族に、舞踊指南役として召しかかえられる。後のフランス革命では王党派であった為、捕らえられ、後に国外追放となる。

●過去も二度繰り返せば二通りの路。
三度繰り返せば三通りの路を歩くことになる、蓄音機の退屈さは何度も同じ過去を蘇らせることよ、と彼女、もしくは彼は言う。だからこそ痛ましく愛おしい、音盤に閉じ込められた音楽達。

●1916年、世界旅行中にモロッコにて遭難。
現地王族に救出され以降数年に渡り庇護を受ける。その間、モロッコ、アルジェリアからエジプトを旅し各地のラスク・シャルキーを習得。
後、記憶喪失にかかり全て忘れる。

●華々しい過去が必要?嘘っぱちでも真実でも、今ここにある私は何も変わらない、と彼女、もしくは彼は言う。物語は語るそばから嘘になる。

●1889年、イギリスの首都ロンドンの王立音楽学校にてバレエを教える。
当時市街を騒がした「切り裂きジャック」の犯罪に加担したとの疑いから秘密警察につけられる。経緯は不明。

●2011年現在、東京在住。
スポンサーサイト
Copyright @ TYPE=B All Right Reserved. Powered by FC2 Blog
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。